【歴史的建造物アーカイブ】旧三井物産横浜支店倉庫(旧日東倉庫日本大通倉庫)

御年104歳。長きに渡り日本大通りの一角で横浜を見守り続けてきた「旧三井物産横浜支店倉庫(旧日東倉庫日本大通倉庫)」。歴史のある建物だが厳めしい雰囲気はなく、緑の扉のあるどこかのほほんとした人懐こい表情に自然と親しみが湧いてくる。一方で相当なタフガイでもあり、関東大震災を無傷で凌ぎ、横浜大空襲の災禍もくぐり抜け、不死身のごとく生き抜いてきた。だが2014年、その歴史に終止符が打たれ、歴史を刻み記憶を伝える建物がこの横浜から消える。

明治43年(1910)に竣工した「旧三井物産横浜支店倉庫」は、横浜に現存する近代建築としては明治37年(1904)竣工の「旧横浜正金銀行本店本館(神奈川県立歴史博物館)」に次ぐ歴史のある建物であり、倉庫建築としては赤レンガ倉庫よりも古い。生糸保管倉庫として当時の基幹産業であった生糸貿易を支え、格納された生糸の量は国家財政を左右するほどであったという。

建物は鉄筋コンクリート造、煉瓦造、木造の組合せから成り、日本で最初期に鉄筋コンクリートが使用された倉庫建築として知られる。同倉庫が竣工した翌明治44年(1911)に完成し、現在も倉庫と並立して現存する日本初の全鉄筋コンクリート造ビルとして名高い「旧三井物産横浜ビル(現KN日本大通りビル)」と共に、日本の建築に鉄筋コンクリートが導入されてゆくプロセスが確認できるなど歴史的価値も高い。設計は「旧横浜生糸検査所」、「帝蚕倉庫」の設計や「旧横浜正金銀行本店本館(神奈川県立歴史博物館)」の現場監督として関わるなど横浜ゆかりの建築家として著名な遠藤於莵。

関東大震災と横浜大空襲をともに凌ぎ、第二次大戦後には、海外の日系人から送られ、戦後の食糧難を救った「ララ物資」を収める倉庫としても活用された。昭和34年(1959)からは、三井物産の系列会社である日東倉庫株式会社が所有することになり、長らく「日東倉庫日本大通倉庫」の名で親しまれていたが、平成25年(2013)に不動産会社の株式会社ケン・コーポレーションが「旧三井物産横浜支店倉庫」と「旧三井物産横浜ビル」を同時に取得。平成26年(2014)になり、「旧三井物産横浜支店倉庫」を解体することが発表され、11月からは既に解体作業が始まっている。

港を開くことから始まった横浜にとって、「倉庫」という建造物は横浜の景観に横浜らしい個性を与えている。実際、赤レンガ倉庫が現在のように保全・活用されることなく新港埠頭から消えていたならば、みなとみらい21地区の魅力も半減していたに違いない。歴史ある建造物には年代的な古さや建築学上の希少性に加え、地域独自の何ものにも代え難い景観を形成し、そこで暮らす人々に地域への愛着や誇りをもたらす力がある。

しかし、「旧三井物産横浜支店倉庫」は解体される。同じく横浜における生糸貿易の象徴的な倉庫「帝蚕倉庫」も4棟の内3棟が既に解体され、保存が予定されていた残り1棟についても予定が変更され、4棟全てが解体される。横浜の街並は平板化しつつある。

「THE YOKOHAMA STANDARD」では”横浜らしい景観”を形成している対象にどんなものがあり、どこにあり、どのように活用されているのかという基本的な事をあらためて一つ一つ確認してゆく。

(DATA)
建築年代:明治43(1910)
構造・規模:RC造・煉瓦造・木造の混構造
設計/施工:遠藤於莵 / 直営
指定/分類:未指定
所在地:横浜市中区日本大通14

旧三井物産横浜支店倉庫3-THE YOKOHAMA STANDARD

旧三井物産横浜支店倉庫4-THE YOKOHAMA STANDARD

旧三井物産横浜支店倉庫5-THE YOKOHAMA STANDARD

側面
旧三井物産横浜支店倉庫2-THE YOKOHAMA STANDARD

旧三井物産横浜支店倉庫6-THE YOKOHAMA STANDARD

2014年12月21日現在の様子
旧三井物産横浜支店倉庫1-THE YOKOHAMA STANDARD


2014-12-29 | Posted in 歴史的建造物アーカイブ, | tag:

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