【歴史的建造物アーカイブ】旧露亜銀行横浜支店

山下町にあるどっしりと重厚な佇まいの「旧露亜銀行横浜支店」。竣工は関東大震災前の大正10年(1921)で、フランス資本とロシア資本によって設立されたロシアの国際銀行である旧露亜銀行の横浜支店として建てられた。古くから銀行が軒を連ね“横浜のウォール街”とも称された本町通りに唯一残る外国資本の銀行建築である。
設計はイギリス人建築家バーナード・M・ウォード。銀行建築らしい威厳のある古典主義的建物で、入口や窓の三角ペディメント、イオニア式の大オーダー、半円アーチ窓のキーストーンなどは大きく豪華に造られるなどバロック的な装飾が施されている。煉瓦造から鉄筋コンクリート造への変換期の混構造の建築であり、鉄筋コンクリート造による古典主義的建築の最初期の事例としても貴重とされる。
大正12年(1923)の関東大震災により山下町のほとんどの建物は崩壊し町は壊滅した。しかし、鉄筋コンクリート造の旧露亜銀行横浜支店はこれに耐え、山下町に残った数少ない建造物の1つとなった。大正15年(1926)に露亜銀行横浜支店が閉鎖された後は、戦火を乗り越えながら、ドイツ領事館、アメリカ銀行、横浜入国管理事務所、警友病院別館として時代ごとに使用されてきた。平成8年(1996)の警友病院移転後は神奈川県が所有し長らく空家であったが、結婚式場として保存・活用されることとなり、創建当時の外観、内部意匠を残し、耐震工事や外壁修復などのリノベーションを経て、平成23年(2011)に「la banque du LoA(ラ・バンク・ド・ロア)」として生まれ変わった。平成18年(2006)には横浜市指定有形文化財に指定されている。
関東大震災、第二次世界大戦により22年の間に2度までも廃墟となった横浜の街において、震災前に建てられ市中心部に今も残る建造物は奇跡的に稀な存在であり、この旧露亜銀行横浜支店(大正10年)の他、神奈川県立歴史博物館(明治37年)、旧三井物産横浜1号ビル(明治44年)、赤レンガ倉庫1号・2号倉庫(大正2年・明治44年)、横浜市開港記念会館(大正6年)、旧英国7番館(大正11年)と数えるほどしか残っていない。今年(2017)で竣工96年目となる山下町の最古参は、結婚式場という新たな役割を担いながら横浜の歴史を紡いでいる。

(DATA)
建築年代:大正10(1921)
構造/規模:RC造(一部壁煉瓦造)・3階
設計/施工:バーナード・M・ウォード/不詳
指定/分類:横浜市指定文化財(平成18年)
所在地:横浜市中区山下町280

 

 

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2017-09-22 | Posted in 歴史, 歴史的建造物アーカイブ | tag:

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