【史跡・遺跡】稲荷前古墳群

古代都筑の中心地であったとされる市ケ尾周辺。東急田園都市線・市が尾駅から15分ほどの丘の上には4世紀後半から7世紀にかけてつくられた「稲荷前古墳群」が残されていて、古代横浜の存在を今に伝えている。

古墳時代のムラでは、数軒の竪穴住居・平地住居・高床倉庫からなる単位がいくつか集まって集落をつくり、ムラの首長の下で農業を営み、季節ごとの祭祀を行い暮らしていたという。「稲荷前古墳群」は4世紀後半から7世紀にかけてつくられた谷本川(鶴見川)流域を支配した地域の有力者とその親族の墓とされる古墳で、昭和42年(1967)に発見された。発掘調査により、前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳からなる計10基の古墳と、3群9基以上の横穴墓の所在が確認され、様々な種類の古墳が集まっていることから「古墳の博物館」といわれた。古墳からは管玉・ガラス小玉などの玉類や耳飾り、鉄刀・鉄鏃などの副葬品も発見されている。多数発見された古墳の内、15・16・17号墳の3基の古墳が保存・公開され、昭和45年(1970)には県史跡に指定されている。
現在も残る古墳の内、15号墳・17号墳は方墳で、16号墳は正方形の2つの墳丘が撥形のくびれ部で連結する前方後方墳。16号墳の前方後方墳は県内でも珍しい墳形の古墳であるとされ、周辺から発掘された壺形土器などから、4世紀後半につくられた市域でも最も古い時期の古墳の1つであると考えられている。
古墳のある丘の上は、墳丘の形にそって柔らかな草が茂り、喧噪から離れ穏やかな雰囲気に包まれている。丘の上からは遠くに丹沢の山々をのぞみ、今も谷本川周辺に広がる田園風景を見渡し、ここが地域を見守ることのできる場所であったことが感じられる。開港(1859)からの歴史イメージが強い横浜にあって、300年~600年代というはるか昔の古代横浜で人々が社会的な生活を営んでいたことが想い起される貴重な歴史空間。

県道沿いの入口から入る。

長い階段が続く。

植物に囲まれた道を抜けると。。。

丘の上の古墳が姿をあらわす。

16号前方後方墳の周り。

16号墳から南側方面を見る。

南側の古墳周辺には住宅地が広がっている。

16号墳から北側方面を見る。

丘の上からの眺め。遠く丹沢の山をのぞみ、眼下には谷本側沿いの田園風景が広がる。

稲荷前古墳群
所在地:横浜市青葉区大場町156-10ほか

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2017-09-19 | Posted in 歴史, 史跡・遺跡 | tag:

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