【横浜の橋】鶴見川橋

鶴見駅近くの鶴見川に架かる旧東海道の橋である「鶴見川橋」。鶴見川橋の歴史は古く、かつては「鶴見橋」と呼ばれ、旧東海道が整備された慶長6年(1601)頃に最初の橋が架けられたとされる。旧鶴見村は川崎宿と神奈川宿の間にあり、「よねまんじゅう」が名物として知られる休憩地で、旧鶴見橋周辺にも多くの茶屋が並び賑わったという。界わいは河口に帆かけ舟が浮かび,富士を望み、名産の梨の木が広がる景勝地としても知られ、歌川広重は『東海道五十三次名所図絵 川崎 鶴見川 生麦の里』にて鶴見川と旧鶴見橋の風景を描き、江戸時代の観光案内本『江戸名所図会』においても旧鶴見橋が挿絵とともに紹介されている。幕末に尊王攘夷運動が高まると旧鶴見橋のたもとに関門が設けられ、文久2年(1862)の生麦事件後には見張番所が設置された。現在も鶴見駅側の橋のたもとに「鶴見橋関門旧跡」が残されている。
上述のように江戸時代より橋の名は「鶴見橋」と呼ばれきたが、大正15年(1926)に京浜第一国道(国道15号)が開通すると、国道に架けられた橋に「鶴見橋」の名称を譲り「鶴見川橋」と改称された。現在の橋は平成8年(1996)に架け替えられたバスケットハンドル型ニールセンローゼ橋と呼ばれる構造のアーチ橋。2本のアーチが内側に傾斜し最高点で間隔が狭くなるカゴの取っ手のようなデザインが特徴的。
江戸時代初期の架設以来、暴れ川と言われた鶴見川で幾度となく架け替えられ、大正期に名称を新たにしながら400年以上もこの地に架かる「鶴見川橋」。現代ではモダンなアーチ橋へと生まれ変わり、旧東海道筋の鶴見川に美しいアーチのラインを描いて、今日も多くの行き来を支えている。

鶴見駅側の橋のたもとに残る「鶴見橋関門旧跡」

鶴見駅側の橋のたもと。橋を渡ると鶴見市場~川崎方面。

 

 

下流側には京急の鉄橋。

上流側にはJRの鉄橋が架る。

左岸のたもとから。アーチのラインが美しい。

左岸からの眺め。

右岸からの眺め。

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2017-07-18 | Posted in 横浜の橋, | tag:

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