【YOKOHAMA SNAP】旧横浜港駅プラットホーム
赤レンガパークに復元・保存されている「旧横浜駅プラットホーム」。かつて大さん橋とともに横浜を代表する客船ターミナルでもあった新港ふ頭には、客船の出航に合わせて汽船連絡列車が東京から乗り入れ、外国航路に旅立つ乗船客と見送り客は今の汽車道を通りこのプラットホームに降り立った。
旧横浜港駅は、明治44年(1911)に横浜港荷役所として開設され、大正9年(1920)に横浜港駅となった。この「旧横浜港駅プラットホーム」は、関東大震災後に再建された客船ターミナル「四号上屋」に面して昭和3年(1928)に設置されたもの。日本郵船「これあ丸」の出港がプラットホーム利用の第一号であったという。
第二次世界大戦後、新港ふ頭は米軍によって接収されたが、昭和31年(1956)に返還されると、新港ふ頭4号岸壁からはシアトル航路に復帰した「氷川丸」が発着を再開し、これに合わせて汽船連絡列車も再開された。しかしほどなくして氷川丸の引退が決定。そして昭和35年(1960)8月27日、氷川丸はその最後の航海へと旅立ち、これと同時に”岸壁列車”と呼ばれ親しまれた汽船連絡列車も運行を終了し歴史に幕を閉じた。